音楽家の「仕事」と「お金」の話。僕はこう考える。

2019年は環境が大きく変わった年でした。

これまで考えてきたこと、行動してきた一つ一つの点が一本の線で繋がったような一年。

これはもしかしたら、今年の思考の振り返りになるのかもしれないけど、ずっと考えて行動してきたことがあって、今日はそれを言語化してみます。

それは、音楽家の「仕事」と「お金」の話。

TwitterをはじめとするSNSでも度々これらの話が取り上げられ議論されてきたけれど、自分なりの考えを言語化してみようと思い筆をとりました。

これまで、あまり僕の考え方は理解されなかったことが多かったけど、一冊の本に出会って、そこに書かれていたことがまさに自分の中で言語化できなかったことで、そこから過去に自分が考えて行動してきたことと照らし合わせながら書いています。

まずは「仕事」で「お金」を稼ぐ

どんな仕事であれお金を稼いでそれで生活をして生きていく。

学生をしながらアルバイトをしてお金を稼ぐ。

会社に勤めてお金を稼ぐ。

そして、音楽家を志す人の多くは、音楽大学を卒業して音楽の仕事と並行してアルバイトをしながらお金を稼ぐ道を歩む人が多いだろう。

芸人の世界に近いと思う。

こうして、なんらかの形で働いてお金を稼いで生きてくことになるだろう。

で、僕は音楽家だから音楽の話をすると演奏をしたりレッスンをして「お金」をいただいて、そのお金を回して生きていく。

「個」として生きていくからこそ

でも、個として生きていく道を選んだ僕たちは「仕事」で「お金」だけを稼げば良いのだろうか。

個として生きていく道を選んだからこそ、対価も拘束時間も均一化されていない案件を同時にこなしていく働き方をする僕らは多くの案件から「お金」以外に何を稼げるのかを見出していく必要があるのではないか。

もちろん「仕事はお金を稼ぐもの」というスタイルも良いと思う。

だけど「お金」以外の何を稼げるかと考えてみると、自分の可能性を広げていくきっかけが見つかるかもしれない。

お金以外の何かを稼げば自分次第で「お金」を生み出すことだってできる。

今、日本は働き方改革だ。

これまでの「普通」や「常識」という旗を立てた船が泥舟のように沈んでいく中、音楽家の働き方だって確実に変わってくる。

どう変わってくるかはわからないけど、わからないからこそ、こうした思考を持って改めて言語化してみる。

音楽家が「仕事」で「お金」以外に稼ぐべき3つのもの

僕は今、音楽を仕事にしてお金を稼いでいるけれど「お金」以外に稼いでいるものが3つある。

この3つの頻度は時期によってかわるけど、こうした考え方が芽生えはじめたのは2012年の夏ごろだったと思う。

なぜ、こういう考え方に至ったのかは覚えてないけれど、とにかくこの世界で生きる覚悟を決めてビジネス書を読み漁った時期だった気がする。

きっと、どこかで誰かの影響を受けていたんだと思う。

これをうまく言葉にできずに悩んだり、理解されなかったりした時期があったけど、幻冬舎の編集者・箕輪厚介さんの著書「死ぬこと以外かすり傷」という本に書かれていた言葉がまさに自分が頭でわかっていても上手く言葉にできなかったことと結びついて、自分の体験談を振り返りながら一つ一つのことをこうしてブログに綴っていくことにした。

僕は音楽家として「お金」以外に「経験」「未来」「ブランド」を稼ぐということを考えている。

音楽家として「経験」を稼ぐ

吹奏楽指導者という仕事をしたいという夢があった僕の元へ届いたのが片道約2時間半ほどかかる他県での部活指導のお話。家からの距離を考えてみてもここでのギャランティは交通費でなくなって、行く回数が増えれば赤を出してしまうけどしまうけど、全然OK。

当時はまだアルバイトをしていたし、お金はバイトで稼げばいい。

ここで何を稼ぐかというと、音楽家として、吹奏楽指導者としての「経験」だ。吹奏楽指導に関わりたいと思っても、継続した全体合奏の指導をする機会なんてない。

ましてや、演奏会の指揮者を務めることなんてそうできない。

大学を出たばかりの頃、吹奏楽部の顧問の先生方に名刺を配り歩いて営業をしたことがあったけど、何者でもない自分の元には依頼なんて一件も来なかった。

だからこそ、こうした機会は最高のチャンスだと思って全力で引き受ける。

結果、この仕事を通して合奏指導の経験を積ませてもらい、学校行事での演奏を指揮者というポジションで経験し、吹奏楽指導者としての基盤を作ることができた。

自分の目で見極める力をつけていく

特に、大学を卒業したばかりの頃に多いだろう「ノーギャラ案件」または「交通費程度の謝礼」の仕事の先に何があるか、何もないのか、また自分次第で何か掴めるものはあるのかを見極める力はつけておきたい。

中には、やりがいや経験を積めるからと若手を搾取するような人や、良いように使おうと考えている人もいるだろう。

でも、「経験」を積めるかどうかを判断するのは自分だ。

お金にならなくてもまずは「経験」を稼げるかどうかを見極ろ。

これだけは、SNSに上がる声に反応しているだけだと身につかない。

だからこそ、まずは自分で相手を見極める力を付けていく。

音楽家として「未来」を稼ぐ

個人で仕事をしていると、仕事の範囲も自分で決めるようになる。

だから、音楽家は活動拠点や範囲もみなバラバラだ。

今、千葉に住んでいながら移住を決めた神奈川県で定期的に仕事をしている。

この「千葉に住んでいながら」と「神奈川県で定期的な仕事をしている」の間には日常会話の中では話しきれない量のストーリーがあるけれど、いわゆる「千葉に住んでいながら神奈川まで定期的に足を運んでいる」ところだけ見ると、僕の活動に疑問を持つ人が多かったりもする。

「なんでわざわざ千葉から?」や「いつも大変じゃない?」という人には、時間内で伝えられることを話すようにしてる。

「遠くからすみません」と言われると、そこで謝られてしまう自分の未熟さを痛感する。僕だったら本気で来て欲しい人には「遠くからありがとう」と言うからだ。

中には「わざわざこっちまで来ないで地元で活動してた方がいいんじゃないか」という声も届くけど、自分の未来は自分で描けばいい。

何より、移住先で先に固定収入を得られる場所を作っておくことは大切だ。

人生設計と「未来」への導線

じゃぁ、定期的に神奈川県で何をしているかというと、音楽教室でコントラバスを教え、アマチュア吹奏楽団の指揮者を務めている。

人生設計と「未来」への導線を考えると、もちろん「お金」を稼ぐ必要も出てくる。だから僕は、この二つの仕事でお金を稼ぎながら「未来」を稼ぐ。

「お金」だけを稼ぐなら、移動時間に交通費を考えるとコスパが悪いかもしれないけど、ここで手にする収入のうち「お金」は80%で残りの20%が「未来」だと思っている。

「未来」は日々の積み重ね

なぜ「未来」が20%かというと、未来は日々の積み重ねでしか稼げないからだ。

音楽教室の魅力を自分から発信して、そこに来てくれた生徒さんに日々のレッスンで音楽の楽しさを伝えていく。

そして「平日休みでも、吹奏楽がやりたい!」というコンセプトのもと集まった仲間と半年間の練習を経て演奏会を開催する。

練習が終わったら飲みに行き、そこで出てくる会話の中には練習でやるべきことのヒントが隠されていることもある。楽譜が欲しくなったらメンバーの勤めている楽器店で買う。どうせお金を使うなら、知り合いのお店で使いたい。

アマチュア吹奏楽団といっても、そこにいるメンバーは「さまざまな職種のプロフェッショナル」だ。学生やこれから社会人になる仲間もいる。そんな中、たまたま僕が音楽を仕事にしているだけで、多種多様な職種のプロフェッショナルと「吹奏楽」を通して過ごす時間はプロとアマチュアという壁を崩してくれる。

音楽家にはないスキルを持っている異業種のプロフェッショナルたちと過ごす時間は濃密だ。そして何より大切な仲間とのひと時が仕事への活力を与えてくれる。

こうした一つ一つの出来事が物語となって「未来」へと繋がっていくことを確信している。

音楽家として「ブランド」を稼ぐ

きっと、一番偉そうなことを言う。

でも、この世界で生きていく覚悟を決めたら絶対に押さえておきたいことだと思う。

音楽家として「経験」を稼いだり「未来」を稼いでいく中で最後にもう一つ稼ぐべきものが「ブランド」だ。

この「ブランド」という言葉の定義を考えてみると「◯◯だったら××さん」ってポジションにたどり着く。いわゆる、希少人材だ。

学歴や入賞歴、師事歴ではない。

小学校の頃にいた、昆虫博士や鉄道少年なんかが良い例だと思う。

こんな感じで、何か一つのことを徹底的に掘り下げる。

そして、生業である音楽と掛け合わせる。

こうしていくことで、希少人材への道が開かれるんだと思う。

希少人材は仕事へも繋がる。

僕は

  • 吹奏楽のコントラバス=井口さん
  • 弦楽器奏者の視点を持った吹奏楽指導者

で勝負に出ることを決めた。

5年後の未来は時代の流れが速すぎて「大切な人と幸せに暮らしている姿」以外はわからないけど、自分が生涯を終えた後に誰かが写真を指差して「この人が井口さん。この人がいたから今の日本の吹奏楽はコントラバスがここまで発展したんだよ」って言われるところを目指す。

「多才」と「器用貧乏」の違い

ただ、ここで一つだけ絶対に押さえておきたいことがある。

器用貧乏にならないことだ。

何か一つのことを徹底的に掘り下げ、生業である音楽と掛け合わせる。

ここで生まれてくるのが「多才」に物事をこなす人と「器用貧乏」になってしまう人。

この違いは何かって考えてみたら「足し算」ができるかどうかにたどり着いた。

「器用貧乏」にならないために

まずは「足し算」で何か一つを極めてそこから「かけ算」で横に広げていく。

例えば、大学や専門学校で専攻楽器を4年間しっかり学んで、自分の中に太い幹を立ててそこから横に枝を広げる。もちろんその幹は育て続ける必要があるけれど、卒業までしっかり学んだら、ひとつ幹を立てたと思って良いと思う。

ここを押さえておかないと、何をかけ算してもゼロになってしまう。

本当に怖い話だけど、しっかりと向き合わなければならないところだ。

ゼロには何をかけ算してもゼロのまま。

一流たちの逸話

学生の頃、なんでプロオケに入団している人はみんな逸話を持っているんだろうって考えたことがあったけど、それはどこかで誰よりも何かをやったからだ。

学校に寝泊まりしてさらった。山手線でさらってた。小部屋があってずっとさらってた。夜さらうために松脂を塗ってない弓を用意して音を出さずにさらってた。学生の頃にお世話になった先生は、自分の話や同じ世代の奏者たちの逸話をたくさん聞かせてくれた。

今の時代には考えられない逸話もあるけど、共通するのは「圧倒的にやった時期」があること。

この人たちには敵わないかもしれないけど、まずは圧倒的に「足し算」する時期を作ることからはじめて、好きなことや得意なことを「かけ算」していくという考え方は持っておきたいと思ってる。

これが、今の思考。

来年はまた世の中の流れが変わってきて考え方も変わるかもしれないけどね。

ギャラ交渉について思うこと

最後に一つ、ギャラ交渉について思うことを書いてみる。

仕事の受ける上で、先に金額を提示されることもあれば「お金」の話が出ないで演奏やレッスンの依頼が来ることも結構あったりする。

こうした場合は「終着点」を決めておくと良いと思っている。

僕の終着点は「お互いが気持ちよく受け渡しできる額に落とし込む」こと。

だから、お金の話は積極的にするようにしている。

でも、正直僕はお金の交渉があまり得意ではない。

だから、本を読んだりして今も勉強中だ。

おわりに

音楽家の「仕事」と「お金」の話。

Twitterで度々これらの話が上がっては議論されというのを眺めていく中で、ひとつ自分なりの考え方を書いてみよう思って書き始めました。

「仕事」と「お金」の話は生まれ育った環境、経済面、世代によって価値観が全く違うから「正解」は人の数だけあるし正しい答えは見つからない。

だけれども、自分なりの考えを持って頭の中にある考えを言語化すること。

そして、時代の流れによって思考をアップデートさせていくことが音楽家として、そして一社会人として生きていく上で大切なのではないかと思いました。

みんなはどう考える?

僕はこう考える。

ABOUTこの記事をかいた人

1987年、千葉県生まれ。 船橋市立葛飾中学校管弦楽部にてコントラバスと出会う。 千葉県立市川西高等学校を経て洗足学園音楽大学へ入学。 在学中より「吹奏楽部におけるコントラバスの現状」に着目し多くの講習会に講師として参加。大学卒業後はフリーランスのコントラバス奏者としてオーケストラ、吹奏楽、室内楽をはじめ楽器製作ワークショップやレコーディングなど多方面での演奏活動をする傍ら、吹奏楽指導者・アマチュアオーケストラのトレーナーとしても活動しており、中でも吹奏楽におけるコントラバスの指導に力を入れている。 これまでにコントラバスを寺田和正、菅野明彦、黒木岩寿各氏に師事、指揮法を川本統脩氏に師事。現在、昭和音楽大学合奏研究員、ブラス・エクシード・トウキョウ メンバー。また、日本アロマ環境協会 アロマテラピーアドバイザーの資格を持つ。