コントラバス奏者、吹奏楽指導者、指揮者の井口信之輔です。
クラシック音楽を中心にコントラバス奏者として活動するほか、中学高校の吹奏楽部やオーケストラ部、大学サークルでコントラバスの講師を務めたり、さまざまなコンセプトを掲げて活動している各地のアマチュアオーケストラや吹奏楽団とタッグを組んで、指揮者というポジションから地域の音楽文化発展に力を入れています。
また、茨城県にある聖徳大学附属取手聖徳女子高校の音楽科でコントラバスの講師を務めています。
SNSやブログではフリーランスの音楽家のキャリアの作り方、また活動の幅の広げ方などの発信し、noteではもう少し踏み込んだキャリアの話などを書いたりしています。
飲み会って大事だよね
今日はちょっとフリーランスとしてのキャリア形成の話に近いことを書いているのですが、その中でやっぱり飲み会って大事だよなって思ったのでそのことについて書いてみようと思います。
というのも、今ブログの固定ページというトップに固定で表示されるページのリニューアルをしていて、過去の実績とかをまとめたり書き直したりしてるんですが「この仕事はどんなご縁だったかな?」とか、「紹介してくださった◯◯さんとはどこで知り合ったっけ?」と記憶をたどってみると、誰かの企画した集まりだったり演奏会の打ち上げだったり、いわゆる飲み会の席がけっこう多いんですね。
確かにフリーランスの音楽家は飲み会が就活なんてことも言われます。
ちなみに僕はお酒がとっても弱いです。
缶チューハイ半分で心拍数がマーチのテンポになります。
でも、飲み会に顔を出すのが好きでソフトドリンク片手にいろんな打ち上げに顔を出してたら、自分のことを覚えてくれたり、興味を持ってくれたり、また打ち上げで知り合って一緒に仕事したりといろんな出会いがあって音楽の輪が広がっていったのを思い出していました。
苦手な飲み会もあった
と書きつつも、昔は飲み会が苦手でした。
音楽の世界というか音大って上下関係が厳しくて、それはそれで勉強になるので良いですが、上下関係を勘違いしてお酒を強要されたりすることがあったんですね。
いわゆる「先輩が飲んでるからお前も飲め」的なやつ。
これで飲まされるのが一番嫌いだったので断じて飲みませんでした。
好きな先輩から「お前も飲めよ」って言われたら喜んで飲むんですけど、お酒が弱いと知って潰してやろう的な感じで来る人とか本当に嫌でしたね。
なんで数年しか歳が変わらない奴がそんなに偉そうにしてんだよっていうのが本音で、飲み会って1ミリも楽しくないじゃんって時期もありました。
他にも本番が終わった後か何かの飲み会で偉い人のグラスが空いて、それに気づいた人が部屋の隅に置いてあるピッチャーにドリンクを注ぎに行こうとしたら、周りにいた人がみんな立ち上がってコントみたいに「私がいきます!!!」みたいのがはじまって、その不思議な光景に「そんなの最初に気づいた人が動いて後でお礼を言うとか、一番年下の人に託して動いてもらえばいいのに」と思ったり(このとき、確か大学1年とかで一番年下だった)「なにこのくだらない茶番劇」というような冷めた目で見てたら近くにいた同じ大学だったっぽい人に後で怒られたり。
この辺りは自分が人間的に未熟だったところもありますが、なんか過度な気遣いが苦手だったのかもしれません(でも、こうやって色々やりながら気遣いの仕方を覚えるのかもですよね)
楽しい飲み会って覚えてるよね
嫌だった飲み会がしっかり記憶に刻まれているように、楽しかった飲み会も覚えてますよね。
大学生の頃、コントラバスの先輩たちと新年会みたいなことをやりました。
当時、洗足のコントラバスは上下関係が厳しく(いわゆる音大の上下関係)先輩から怒られるようなこともあったんですが、みんなで集まって溝の口のゲームセンターで遊んでプリクラ撮って飲み会やって、なんかめちゃくちゃ楽しかったのを覚えてます。
あと、追い出だしコンパでとあるコントラバスの先生から教わった雑巾の絞り方はいまだに覚えていて、掃除のときは先生に教わった雑巾の絞り方をやっています。
横に絞るより縦に絞った方がしっかり絞れるんです。
こんな感じで、楽しい飲み会って楽しかった記憶と人とセットで覚えてますよね。
飲み会が大事っていうのはここ
で、話を戻すとフリーランスの音楽家にとって飲み会が大事っていうことはよく言われるんですが、何が大事って近くにいる人と楽しく飲めるかだと思うんですね。
楽しく飲んだ人って覚えてるし、どんな話をしたとか何やってる人だとかもけっこう覚えてる。
それで、誰か人を探したりするときに思い出すのって飲み会で一緒だった人だったりします。
飲み会が大事っていうのは、昭和も平成も令和もきっと変わらないと思うので、一緒に乾杯した人たちとまた音楽の輪が広がっていくといいなと思います。