日記

YouTubeで見つけた相模線の廃線跡を訪ねて。

神奈川県に移住をしてから気になっていた相模線という路線があります。

小田急線に乗ってると、各駅停車しか止まらない厚木駅の高架下を走っていたり、小田急線の海老名の駅前が今のようになる前に少し離れた場所にある相模線の小さな駅が気になっていて、いつか乗ってみたいと思っていました。

今年の春、車を買い換えるときに相模線沿いのカーショップへ行く機会がありはじめの乗車。

のどかな車窓と一昔前の車両がなんだか懐かしい気持ちにさせてくれます。

そんな相模線に、今は廃線となった路線があることを知りました。

相模線寒川支線というようです。

そして、YouTubeで調べてみると当時の相模線寒川支線の映像を見つけました。

こんなところを電車が走ってたんだって思うような映像。

これ、電車ではなく気動車というんですが細かいところは置いといて列車ということにしましょう。

こうやって映像を見ていると、今はどうなってるんだろう?って気になってくるわけです。

で、早速行ってきました。

相模線の廃線跡を訪ねて

朝起きて、支度を済ませて寒川へ。

寒川駅といえば車で20分くらい。

この辺りでも仕事したいと思っているので、コントラバスの演奏や吹奏楽部の指導でお困りがあれば連絡はお気軽に。

話を戻します。

JR相模線寒川駅から廃線跡をめぐる散歩がはじまります。

寒川ってどこ?と聞かれることもあります。

茅ヶ崎より上、海老名より下で川を渡ると平塚市。

最初はどこに廃線の跡があるかわかりませんでした。

動画を参考に沿線を歩くと

YouTUbeの動画を参考に寒川駅に沿って歩くと今は使われていない線路が見えてきました。

そして、線路が途中で途切れていたり空き地のようなスペースがあるのでここが寒川支線だったのかなと歩いていきます。

ここから道路や横断歩道に繋がるのですが、寒川支線が走ったところは今、遊歩道になっているという情報は得ていたのでこの道から続く道路を歩きます。

少しだけ歩くと、遊歩道を見つけました。

ここだ!

ここを列車が走ってたって不思議な感じがします。

寒川駅から西寒川駅へと歩いてみようと思います。

線路が残る遊歩道

遊歩道にはベンチが置かれ、寒川で暮らす人たちが散歩をしています。

ここを列車が走ってたと考えるだけでワクワクします。

しばらく歩くと道路に線路の跡が残され車輪が置かれていました。

今も残るかつての名残

昔、ここを列車が走ってたということがよくわかりますね。

遊歩道を歩いて行くと、今度は線路が見えてきました。

まもなく終点、西寒川

線路に沿って歩いて行くと横断歩道が見えてきます。

動画ではここは踏切でした。

そしてかつての踏切を超えると終点・西寒川駅。

今はどうなっているのでしょうか。

かつての面影がわずかに残る終着駅

踏切があった横断歩道をわたり、辿り着いたのが終点・西寒川駅。

噴水の広場と思われる先にあるの西寒川駅跡地だと思われます。

広場を抜けてたどり着いたところに線路がありました。

西寒川駅に到着です。

ここに西寒川駅があったという石碑がありました。

かつては多くの人が、ここで列車を待っていたのかもしれません。

動画を見てみると、駅の入り口だと思われる縁石、ベンチのあるあたりがホームかな?と思います。

一度でいいので寒川支線が走っていた時代に遊びに行ってみたいものです。

再び廃線跡を歩いて寒川へ

ちょうど、通りのバス停に寒川駅行きのバスがやってきました。

でも、せっかくなので寒川駅まで再び廃線跡を歩いてみるとしました。

歩いていると、踏切の音や警笛が聴こえてきそうな気がします。

そんなJR相模線・寒川支線跡を訪ねた時間でした。

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イグチシンノスケ

1987年、千葉県生まれ。 船橋市立葛飾中学校管弦楽部にてコントラバスと出会う。 千葉県立市川西高等学校を経て洗足学園音楽大学へ入学。 在学中より「吹奏楽部におけるコントラバスの現状」に着目し多くの講習会に講師として参加。大学卒業後はフリーランスのコントラバス奏者としてオーケストラ、吹奏楽、室内楽をはじめ楽器製作ワークショップやレコーディングなど多方面での演奏活動をする傍ら、吹奏楽指導者・アマチュアオーケストラのトレーナーとしても活動しており、中でも吹奏楽におけるコントラバスの指導に力を入れている。 これまでにコントラバスを寺田和正、菅野明彦、黒木岩寿各氏に師事。よこはま月曜吹奏楽団指揮者。板橋区演奏家協会理事。ルロット・オーケストラ、ブラスエクシードトウキョウメンバー。

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