コントラバス奏者、吹奏楽指導者、指揮者の井口信之輔です。
オーケストラや吹奏楽、室内楽でコントラバスを弾いたり、吹奏楽部やアマチュアオーケストラ、吹奏楽団のパート指導・合奏指導をしたり、指揮者を務めています。
さて!今月から指揮者を務めるアマチュアオーケストラでは基礎合奏を導入しました。
これまで吹奏楽でやっているような基礎合奏は必要なのか、またなぜオーケストラの練習では基礎合奏を取り入れないかといった話は飲み会やSNSでも何度か話題になり、そうした声を眺めながらも個人的には基礎合奏の必要性を感じつつ、楽譜を探したり、何をすれば効果的な練習ができるか考えながら基礎合奏を取り入れる準備をしてきました。
そして、オーケストラを指導する中、いろんな場面で基礎合奏を導入するようになったので、その仮説や検証、オーケストラに基礎合奏を取り入れて感じた効果と変化を書いてみようと思います。
基礎合奏って何?
基礎合奏は合奏の基礎となる部分を合奏練習の中でトレーニングする時間でオーケストラの形になって全員で音階練習をしたり、リズム練習や和音練習に取り組みます。
吹奏楽の分野、特に中学高校などのスクールバンドではほとんどの学校が取り入れている基礎合奏ですが、オーケストラの世界だとあまり基礎合奏を取り入れる習慣もなく、そういった楽譜も見かけないのでかなり馴染みの薄い練習かもしれません。
記憶に残る基礎合奏に対する議論
余談ですが、以前Twitterで基礎合奏の必要性に対する議論が起こったのをよく覚えています。
基礎合奏は不要という考え、基礎合奏が吹奏楽のあの機械的な演奏を生み出す、オーケストラではそんな練習しない、またオーケストラの中でそんな練習をしたら嫌われると言った話も実際に耳にしたことがあるので、あまり基礎合奏に対して良い印象を持っていない人も多いのかと思います。
基礎合奏は意味のある練習をしてこそ効果を発揮し、各練習に具体的な意味を見出せず習慣化してしまっている場合は時間の無駄になってしまうので、こういった批判的な意見もよくわかります。
要は指導者のやり方次第なんですよね。
僕はこう考える
基礎合奏は必要・不要かと二択になると必要で、あとはいかに指導者が工夫していけるか。
また、吹奏楽はオーケストラのような音楽的な練習を、オーケストラは吹奏楽のような基礎トレーニングをする時間を合奏の中に設けることでより良い演奏につながると考えています。
これは中学高校の吹奏楽部やオーケストラ部、社会人の吹奏楽団からオーケストラまで幅広く指導にあたって、またその現場で感じた感想です。
あと、弦楽器奏者の視点から話をすると、一つのフレーズを何十通りのボウイングで練習をするセビシックやクロイツェルの教則本も基礎合奏に近いんですよね。
なので、僕は基礎合奏は必要なんじゃないかなと考え次に行ってみます。
オーケストラにおける基礎合奏
吹奏楽の分野であれば、基礎合奏の教則本や指導の参考になるDVDなどが多く出ているので、それらを参考に練習を進めていけば、ある程度は効果的な練習が可能だと考えます。
それに対して、オーケストラの分野では基礎合奏にほとんど馴染みがないので、まず教則本がありません。なので、基礎合奏をどのように取り入れるかがまず課題をなってきます。
なので、指導にあたっているオーケストラにとって今必要な基礎練習は何か?を考え、独自で練習方法を考えていくのが一番良いのかと思います。
僕はオーケストラにおける基礎合奏を、指揮者とのリハーサルでより音楽的なアプローチを受けるための土台づくりと考えています。
本番を指揮するマエストロと過ごす時間に音程、音形、リズムなどの指摘を受ける機会をなるべく減らし、より音楽的で充実した時間にするためにオーケストラに様々な形で基礎合奏を取り入れます。
以下、僕が取り組んでいるオーケストラにおける基礎合奏の導入例です。
基礎合奏の導入例1:子どもたちや初心者、幅広い層のオーケストラ
僕が指揮、音楽監督を務めているオーケストラでの基礎合奏の導入例。
使用するテキスト:トレジャリー・オブ・スケール(バンドのための音階教本)
日本では吹奏楽のために書かれた教則本として知られており、国内版にはバンドのための音階教本と書かれています。
既に国内版は絶版となっており、今ではトレジャリー・オブ・スケール(以下、トレジャリー)を使った基礎合奏を取り入れている学校はあまり多くない印象ですが、実は海外版には弦楽器パートも楽譜があり、吹奏楽とオーケストラのための教則本となっています。
トレジャリー・オブ・スケールってどんな教則本?
長調、短調全ての音階(全調)の短い練習曲、全96曲からなる教則本。
音域ごとにオーケストラ(吹奏楽)の楽器が4つのグループに分けられ
- スケールを演奏するグループ
- スケールに付けられた和音を演奏するグループ
に分かれていきます。
各調4曲、全て異なる和声付けがされており
- 正しい調性感を得ること
- 耳を鍛えること、聴音の練習
- イントネーション(ピッチ)を確立すること
という3つの目的のために作られた教則本です。
基礎合奏を導入して感じた効果と変化
まず感じたのが、合奏の中で聴くという意識が高まったこと。
また、基礎合奏ではメトロノームとキーボードが一つになったようなハーモニーディレクターを活用し、音程を整え綺麗に澄んだ響きを体験します。
ハーモニーディレクターは純正律と平均律の響きをボタンひとつで作ることができるので、音の正体や音が合わないという理由や原因、純正律と平均律の違いをレクチャーしながら進めていきます。
専門用語はなるべく控え、ピザから学ぶ純正律と平均律の違いなど楽しみながら音楽理論に触れていき、実際に音を出すと、とても良い響きが生まれました。
またリズムトレーニングも兼ね、弦楽器は様々なボウイングで管楽器の息を感じながら、管楽器はそのリズムを弦楽器の弓の動きを感じながら練習しリズム感も養っていきます。
初心者を置いていかない
また、合奏で新しい練習を取り入れるときは初心者を置いていかないことも大切。
リズムパターンは口頭での説明だけでなく、紙芝居をヒントに大きな画用紙に書いて説明します。
音楽をやる上で一番大切なのは勇気と考えると、音が合わない原因や音楽理論の話を交えながら基礎合奏を進めていくことで、知らなかったことが少しずつ紐解かれ、思いっきり音を出せるような自信が少しずつ育っていくのかと思います。
実際、まだ取り入れて1ヶ月ですが合奏中の音が生き生きとしています。
基礎合奏の導入例2:10人前後の室内オーケストラ
練習では音楽的なアプローチを大切にしている室内オーケストラでの基礎合奏の導入例。
音楽的な練習をしていく中で、基礎基本に立ち帰り合奏の中で音程や音形を揃えていく時間を作りたいと指揮者の先生からリクエストがあり、各セクションのトレーナーが合奏の基礎を指導します。
使用するテキスト:讃美歌、民謡、トレーナー独自の指導法
マエストロからのリクエストは全6回の練習で合奏の基礎をトレーニングする期間を設け、指導内容は各トレーナーにお任せ。
練習の参考に讃美歌や民謡の楽譜を作ってくれたけど、こちらを使うのも自由。
なので基礎練習を指導する3人のトレーナーでLINEのグループを作り、毎回レッスン後に内容を共有し引き継ぐ形で練習を進めていきました。
ここでの基礎合奏は講義と実践
- 今日のテーマは「音が合わないってどういうこと?」
- 音が合わない原因を解説
- 楽器で実践、綺麗な響きを体験する
- 曲を使って演奏に生かす
こんな感じで基礎合奏の必要性を解説しながら後半は音を出していく流れです。
基礎合奏を導入して感じた効果と変化
ここでも一番大きな変化は、やはり合奏中に聴くという意識が高まったこと。
そして、今までなんとなく知ってたけど実際のところよくわからないような音楽理論の話を解説していくことで、疑問が紐解かれそれが音に現れるというのが大きな変化。
特に、大人になると「今さら聞いていいものか」とか「こんなこと聞きにくい」ということが増えてくるので、改めて疑問を一つ一つ紐解き「なるほど!」という体験を増やす。
プロだって苦手なことがある、一緒に勉強していきましょう!
実際、僕もこうやって書いていますが音の高低差を聴き取るのが苦手で心地よいと感じるピッチがちょっと高め。なので、442Hzの音を視覚的にも確認できるよう、基礎合奏を指導するときは手元にチューナーを置いて自分でもピッチを確認しながら指導しています。
プロの先生ってなんでもできると思われがちですが、そんなことなく苦手なことやわからないこともたくさんありますし、そうしたことはどんどん口にしていきます。
お互い苦手なことありますから、一緒に勉強して成長していきましょう!
そんな話を交えながら、アンサンブルをする中で必要な知識や聴くコツを伝えるのも基礎合奏の大切な時間。音を出すだけが基礎合奏ではないということを僕たちも学びました。
基礎合奏の導入例3:中学高校オーケストラのコントラバスパート
今年から講師を務めている中学高校オーケストラのコントラバスパート。
パート練習になってくると基礎合奏ではなく基礎アンサンブルのような形になってきますが、これまで取り組んできた基礎練習をヒアリングし、音を聴いて必要だと感じた練習を提案していきます。
使用するテキスト:音階練習(今すぐに弾けるスケールから)
ここでは既存の教則本は使わず、今すぐに弾けるスケールを使っての練習をしていきます。
吹奏楽部であればB-dur、オーケストラであればC-durという声が多く、ここでもC-dur(ハ長調)の音階を使ってアンサンブルをしていきます。
順番に音を重ねながらスケールを弾く
C-durの音階を想像していただき、まず一人目(3年生とします)が普通に音階を弾きます。
そして、一人目がドレミとミの音を弾いたところで二人目(2年生)が音階を弾きはじめます。
ここでドとミが重なり3度の響きが生まれながら音の階段を上っていき、二人目がミの音を弾いたところで三人目(1年生)が音階を弾きはじめると、一人目はちょうどソの音に来るので、ドミソとC-durの和音の響きが生まれます。
こんな感じでスケールを弾きはじめるタイミングをズラし音を重ねていくと和音が生まれ、この和音が綺麗に聴こえているかを演奏しながら判断していきます。
ここで、長調・短調の和音の組み立て方を解説し、再度演奏してもらうと聴くということに意識が高まり、自分たちで音を修正していこうとするのでパート練習の際は音階を使ってアンサンブルをしています。
基礎アンサンブルを導入して感じた効果と変化
僕はこれをスケールアンサンブルと呼んでいるのですが、まずは音階を弾き、次にリズムバリエーションを取り入れ弓の使い方を揃えていきます。
初心者も先輩たちと一緒に演奏するので視覚的に弓の動きを捉え、良いところを吸収していくので自然と音の方向性や弓の使い方に統一感が出てきます。
まだ、合奏に入った状態で音を聴いていないので、基礎アンサンブルの効果が合奏でどう見えてくるかが楽しみです。
特に弦楽器は部活動からアマチュアオーケストラまで独学で練習している人が多いので、右手の使い方を工夫することで大きく上達する傾向にあり、基礎合奏、アンサンブルはとても効果的だと考えます。
オーケストラでも吹奏楽でも、基礎合奏はやり方次第
オーケストラに基礎合奏は必要か?
実際にオーケストラ指導から部活動のパート指導まで基礎合奏またはそれに近いものを取り入れてみて感じるのは、必要かどうかといえばあった方が良いことが多く、やり方次第で大きな効果をもたらすということ。
また、実際に基礎合奏や楽典、音楽理論のレクチャーをする機会を作ってみると、自分が演奏家として実戦で使っている知識以外は結構飛んでしまっていることが多いことに気づき、合奏指導をするにあたって再度勉強をするので自分自身の成長にもつながるということ。
特に和声の知識に弱かったり、楽典も結構忘れていることが多いので僕なんかは前に立って指導しながら一緒に勉強しているような感じになっています。
なので、基礎合奏を取り入れることで指導する側もたくさんの学びがあるかもしれません。
むしろ指導者が学びを止めてしまうと、少しずつ基礎合奏をやる意味が曖昧になってしまい、いわゆる、この基礎合奏は本当に必要なのかというところにたどり着いてしまうように思います。
オーケストラに基礎合奏を取り入れてみて、感じた効果と変化。
この結果をもとに、さらに指導者として充実した音楽指導を追求していきたいところです。